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龍ノ国幻想1 神欺く皇子

三川みり/著

781円(税込)

発売日:2021/08/30

  • 文庫
  • 電子書籍あり

禍(まが)つものなどない国に
私が、変えてみせる──。

神の眷属(けんぞく)である龍が支配する龍(たつ)ノ原(はら)では、女たちは龍の声を聞く。その能力(ちから)をもたず生まれた者は闇に葬られる理(ことわり)。異端の一人である日織(ひおり)はその身を偽り男として生き、皇尊(すめらみこと)崩御にあたり次期皇位を目指す。命の尊厳を守る国に変えるために──皇位を狙う男たちの野望渦巻く闘いに日織は勝ち得るのか。そして日織の二人の妻たちを待ち受ける運命とは。壮大なる男女逆転宮廷物語、開幕!

目次
序章
一章 美しき新妻、はるはな
二章 龍道とまがつ
三章 しゃゆう
四章 知られる秘密
五章 まん顕現
六章 鹿しか
七章 ひさし大地はいちげんはっしゅう
八章 

書誌情報

読み仮名 リュウノクニゲンソウ01カミアザムクミコ
シリーズ名 新潮文庫nex
装幀 千景/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン、川谷デザイン/フォーマットデザイン
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 384ページ
ISBN 978-4-10-180218-3
C-CODE 0193
整理番号 み-60-11
ジャンル 文学・評論
定価 781円
電子書籍 価格 781円
電子書籍 配信開始日 2021/08/30

書評

躍動感あふれる物語

北上次郎

発売即重版となった三川みり氏による男女逆転宮廷ファンタジー『龍ノ国幻想1 神欺く皇子』。2巻目である『龍ノ国幻想2 天翔る縁』が早くも刊行された今、改めて北上次郎氏にシリーズ第1作の魅力を語っていただいた。

 いやあ、面白い。
 物語のちょうど半分のところで、ギアが一段上がるのである。え、こうなるのかよ、という箇所だ。こういう構成がうまい。
 異世界ファンタジーには食傷気味だから、最初は半分疑いながら読み始めたのだが(失礼!)、キャラ設定と文体のリズムがいいので徐々に引き込まれ、この先、どうなるんだろうというときに、物語の真ん中でガクンとギアが上がるのだ。うまいなあ。こうなると、あとは一気読み。まったく素晴らしい。
 作者の三川みりは、角川ビーンズ小説大賞審査員特別賞を受賞して、『シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精』で2010年にデビューというから、すでに新人ではない。これまでの作品を未読の私がこんなことを書くのも何なのだが、もっともっと大きくなる作家だと思うので、いまから要注意マークをつけておきたい。
 本書を成立させているのは、たった二つの設定だ。皇尊の一族に生まれた女たちは、神の眷族である龍の声を聞くが、一族の女に生まれながら龍の声を聞けない者がいて、それを遊子と呼ぶ。この設定が一つ。遊子は尊い一族に生まれた出来損ない、忌むべき者とされ、十四歳になると周囲の国王に下げ渡されるが、それは名ばかりで実態は龍の住む国を出たところで殺される。
 もう一つは、皇尊の一族に生まれた男子でありながら、生まれつき龍の声が聞こえる者がいて、彼らは禍皇子と呼ばれ、これもまた忌み嫌われる。 
 この二つの設定(龍の声を聞くかどうかだから、一つのことの裏表であり、その意味では一つの設定と言ってもいい)が本書の基盤となっている。遊子として生まれた姉を殺された日織が皇尊を目指すのは、自分が王となってその仕組みを変革したいからだ。それはこの世から差別をなくすための戦いだ。つまり、これは強い信念を持つ者が王位を目指す物語なのである。
 当然のように競争相手がいて、それが不津。彼が王を目指すことにも理由と事情があるのだが、その詳細は省略する。ただし、この男、ただの競争相手というよりも複雑な性格の持ち主であり、単なる悪役の域をはみ出している。
 そうか、もう一つ、忘れていた。禍皇子だ。龍の声を聞いてしまうとして忌み嫌われる存在の男子が、どう係わってくるか。それもまた物語の重要な要素なのだが、それを書いてしまうとネタばらしになるので、ここには書かないでおきたい。
 構成が秀逸だというのは、王位争いが具体的であることだ。皇尊に継承される遷転透黒箱にぴったりおさまる龍鱗を探して見つけた者が王となるのである。その龍鱗がどんなものであるのか誰も知らない、というのもキモ。次の皇尊となるべき人のみが知るのだ。
 かくて、さまざまな人物が入り乱れて、龍鱗探しが始まっていく。主人公たる日織の秘密(帯などに書かれているが、ここには書かないでおく。出来れば、それらを見ずに、まっさらの気持ちで本書を読まれたい)はばれないのか。はたして不津との王位争いに勝てるのか、壮大な物語が始まっていくのである。
 本書を貫く重要なファクターを一つ、忘れていた。殯雨だ。崩御の日から降り続く雨を殯雨といい、新たな皇尊が即位するまで雨は必ず続く。空位の期間が長引けば長引くほど雨は激しさが増す。皇尊選定に手間取っていると、そのうちに大水害が発生する。崩御から数えて四十日を過ぎれば、雨は激しさを増して大地が膨らみ始め、八十一日以上過ぎれば、稲田や建物が流され、山肌がずるずると滑り落ちて崩れ出す。
 さらに年単位に及べば、龍ノ原は水没し、八洲も水に襲われる(紹介するのが遅すぎるが、この世界は日織たちが暮らす龍ノ原と、その周囲の八カ国、あわせて九つの国で成り立っている)。四年を過ぎると大地の下に眠っている龍が目覚め、大地鳴動し、九つの国が海に没すると言われている。
 三百年前に不在期間が一年に及んだことがあり、そのときは龍ノ原の半分が水に沈んだという。だから、次の王は早く決めなければならない。こういう背景があることも重要で、それを象徴するのが冒頭からラストまで、物語の背後に降り続く殯雨なのだ。皇尊の崩御を哀しむように降り続く殯雨こそが本書の主役といってもいいほど、強い印象を残していることに留意。その意味でこれは「殯雨小説」でもあるのだ。
「軒端から落ちる雫に、光が射して輝いている」というラスト近くの一文に感動がこみ上げてくるのもそのためだ。殯雨が止む、ということは次の王が決まるということだ。はたして日織は王になれるのか。
 本書には「龍ノ国幻想」という通しタイトルが付けられている。ということは、新たなシリーズがここから始まるということだ。さあ、躍動感あふれる物語の開幕だ。

(きたがみ・じろう 書評家)
波 2021年12月号より

男装ヒロインの戦いを描く、三川ファンタジーの新機軸

大矢博子

 料理をモチーフにした中華ファンタジー〈一華後宮料理帖〉シリーズや、人間と妖精のラブロマンス〈シュガーアップル・フェアリーテイル〉シリーズで人気の少女小説の俊英・三川みりが、原点である本格ファンタジーで新潮文庫nexに帰ってきた。
 だが従来のテイストを想像して読むと背負い投げを喰らうだろう。ここには明るく頑張り屋の皇女も、ツンデレの妖精もいない。代わりに登場するのは、理不尽なハンデを背負わされながら「制度」や「慣習」に闘いを挑む者たちだ。
 舞台は、八つの洲が割拠するひさしだいの内陸にある「龍ノ原」。物語は「龍ノ原」を支配するすめらみことの崩御から始まる。
 皇尊が崩御すると、新たな皇尊が即位するまでこの地では雨が続く。それは神代からの決まり事で、いつまでも次の皇尊が決まらなければ「龍ノ原」のみならず央大地全体が水に没してしまうことになる。
 先の皇尊には皇子がいなかったため、血縁である三人の候補が立てられた。そのうちのひとりが本書の主人公、日織皇子だ。
 日織には何としても皇尊の座につきたい理由があった。「龍ノ原」の女性は生まれつき龍の声を聞く力を持つが、時々その能力を持たない女児が生まれることがある。そんな女児は「ゆう」と呼ばれ、役に立たない者として命を奪われてしまう。日織の姉も「遊子」で、無惨に殺されてしまった。
 こんな制度はおかしいと思った日織は、姉の復讐を果たすため、そして「遊子」を排除するという決まり事を変えるため、皇尊の座を目指しているのである。
 皇尊選定のため三人の候補に課せられた課題は、皇尊の資格を証明するあるモノを探し出すこと。無為に時間を費やせば国は水没してしまう。果たして日織はライバルより先に目的のものを見つけられるのか――と、これだけでもワクワクする設定なのだが、もうひとつ、極めて重要な設定がある。日織は、実は女性なのだ。日織もまた、龍の声が聞こえない「遊子」で、殺されるのを避けるため男として生きてきたのである。
 つまりこれは、生まれながらの性別と、持って当然とされる力を持たない、二重の秘密を抱えたヒロインの物語なのだ。
 序盤からこれらの秘密が少しずつ明かされていき、その度に「そうだったのか!」と前のめりになってしまう。実に上手い。他にも話が進む中で「ええっ!」「そういうことか!」とのけぞる展開や秘密があるのだが、その驚きは直接味わっていただきたいのでこれ以上は書かないでおこう。日織が女であることも「遊子」であることも、本来なら知らずに読んでいただきたいくらいなのだ。
 それでも、そのふたつだけはここで明かさざるを得なかった。なぜならそれが本書のテーマと密接につながっているからだ。
 実は差別されるのは「龍の声が聞こえない女性」だけではない。稀に生まれる「聞こえる男性」もまた、排除の対象なのである。何も悪いことはしていない、本人に責任があるわけでもない、ただその能力がない/あるというだけで当然のように差別される社会システム。
 また、女は皇尊になれないというのも、最初の皇尊が男だったからというだけに過ぎない。女ではダメだと神に言われたわけでもないのに、いつの間にか男しかその地位につけないことになっている。
 人と違うだけで、少数派であるというだけで、排除されてしまう――。本書はファンタジーだ。だが言うまでもなく、これと似た例は、現実にいくつもある。たとえば龍の声を聞く力を、「出産」や「見た目」などと置き換えて考えてみればいい。
 差別そのものもさることながら、それを当たり前のこととしてまったく疑問を抱かない人々の描写に背筋が寒くなる。根拠のないただの慣習がいつしか「常識」になってしまうことの愚かしさ。日織の気持ちや「遊子」たちの状況は、そのまま今の私たちの生きるこの社会なのだ。それをどう覆していくのか。覆せるのか。異世界ファンタジーとしてのロマンをたっぷり味わいつつ、その芯は実に骨太。なんとも楽しみなシリーズが始まったものだ。
 もうひとつ、本書を読む上で注目願いたいのが、謎解きの面白さである。物語の中盤で殺人事件が起きる。その真相がわかったとき、なんと細やかに伏線が張られていたことかと驚くに違いない。本書は本格ミステリとしても、なかなかに上質なのだ。
 日織の周囲を固める人物たちも皆とても魅力的かつ個性的で、早くも二巻が読みたくてたまらない。三川みりの新境地だ。今後が実に楽しみである。

(おおや・ひろこ 書評家)
波 2021年9月号より

著者プロフィール

三川みり

ミカワ・ミリ

『シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精』でデビュー。同シリーズが人気を博し、2023(令和5)年にアニメ化された。他に「一華後宮料理帖」シリーズ、「龍ノ国幻想」シリーズなど著書多数。

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